1年日記 2026年

日々のささいな思いや考えをメモしています。

  1. 言語化は現実の捨象に過ぎず、抽象化はデジタル圧縮に他ならない。ゆえに言語的活動のすべては現実を写像しえず、真理などにもたどり着けず、ただ知覚した感覚を情報として圧縮しているだけ。言語空間の多様さは圧縮アルゴリズムのちがいでしかない。

  2. 未熟なのではなく、単に「外の定規では測れない別のトポロジー(形)」をしているだけ

  3. faketurn|しずかなインターネット

    しずかなインターネットとかいう静かな投稿サービスを見つけたので軽く触ってみた。

    さくっと消した

    webサービスが静かで良いことは何もないな。

  1. 2025年はAI協同の一年だった。最も大きな取り組みは認知理論論文の生成・形式整理・英訳だろう。

    高卒門外漢である私が、アカデミア経験なく論文をしたためる挑戦。PsyArXivSocArXivに不受理とされ、Zenodoでの公開。

    論文へのリンク

  2. さて、2026年はこの気づきをいかに広めるか、に注力するのだろうか。まだ決めていない。

    世の中に蔓延るASD、ADHD、AuDHDなどの固定的な見方は果たして変容していくのだろうか。定型発達から見た評価で私たちの内面を十分に捉えられているといえるのだろうか。社会への翻訳コストを私たちが永続的に負い続ける非対称な構図はこのままでいいのだろうか。マスキング、演技、エミュレーションで「やっていく戦略」は果たして持続可能といえるのだろうか。